2020年1月アーカイブ

2年に一度の更新(爆)

いよいよ最終章。観てきた(初日2回連続、以降1週間毎に2回のペース)。
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パンフの表紙がありきたりなのでこっちのムビチケに(てか写真撮り忘れて今掃除中のどこかへ)

まず前提は話しておく。
・俺はねずみーがキライである。MovieNexとやらでイヤイヤ作ったアカウントのパスワードにihatedis●yと設定するくらい(しばらくして凍結されたw) ルーカスフィルム買収を良かれと思ってるわけもなく、まして当時鋭意製作中だったスピンオフ「クローン・ウォーズ」を制作会社の違いから打ち切りに追い込んだのを言語道断と恨んでいる。
・俺はJJエイブラムスを過度に高く評価している。「スター・トレック(2009)」と「イントゥダークネス」で見事スタトレを復活させてくれた立役者であり、ファンのツボを心得ている映画人だと思っている。後者は劇場で10回観た。日本は半年遅れの公開だったので11回目観たくなるころには輸入盤BDが届いてたので、それで更に回数を重ねている。何度観ても飽きさせない映画が作れる人。
・俺は2017年12月に劇場に行ったら、なぜかライアン・ジョンソンが撮ったらしいねずみー上層部へのプレゼンテーション映像を見せられたクチなので、わが辞書にEP8の文字はない、いや記憶から無くそうと心掛けているw
・そんな失態に愛想が尽いて、ジョン・ウィリアムズも公言していることもあり、俺にとって本作を最後に観るスター・ウォーズ作品にするつもりである。42年にわたって愛し続けた思い出を胸に、そのファンタジーの世界を卒業をするつもりでいる。

もう一つ補足すると、今回ねずみーは大失態を犯した。1か月ほど前にジョン・ヴォイエガが引っ越しで失くした台本がeBayに出品され、ねずみーが回収、危うくネタバレを回避できた、というニュースが出回ったが、何かを隠したがったフェイクニュースの可能性が高い。知っている人なら7月かそこらの段階でYouTubeにストーリー判明をスクープする動画が溢れて、実際公開されてみたら文字通りそのままだった(苦笑)。EP1-6は先行するノヴェライズを読んでから観賞していた俺には何の影響もない、むしろ文字が映像になる過程を楽しみたい口だから、ユーチューバーの淡々とした語りでつまらなさ感じても映像として完成度が高ければ、レイの出自の強引な設定とか含んでいようともそれで良かった。「私がおまえの父親だ」すら承知で劇場に足運んだんだからw

そういう男にとって、結論から言うと、本作「スカイウォーカーの夜明け」は、すべての面を満たしてくれる完璧な映画だった。感傷に浸る間もなく笑顔で劇場を出れる爽快さがそこにあった。まぁ有言実行すればユアン・マクレガーのオビワン・スピンオフを観ないことになるのが心残りかな?とも考えてたんだが、サーガが終わってしまった今はもうスピンオフなどどうでもよくなってる(苦笑

JJマジックと俺が呼んでいる、始まって早々には観客の心をグイと引き寄せる手法は健在、キャラクター紹介は済んでいるので輪をかけてテンポが速い。従来の物語りペースを無視するかのようで忙しいw 次から次へと舞台が変わるRPG的な展開も必要然としているので気にならない。何より初めて行動を共にする主役3人のキャラクター・芝居の間合いがとても良い。ポーが絡むことでこんな豊かになるあたり、群集劇描写(しかも多くなればなるほどはスタトレで実証済み)に長けたJJの冴えが光っている。さらにドロイドの扱いも旧作然(特にEP5)としてて見事。新キャラクターの女性二人も登場時間は少ないものの、「活きたセリフ」でちゃんと存在感を際立たせている。

ただの長くて話が無駄の積み重ねだった、某エピソード(なのか?辞書にないと言ったぞw)と大違いである。

ファズマを殺された代わりに中が女性のストームトゥルーパーを登場させたり(ジャナのことでなくトゥルーパーに居た)、
情緒不安定・セクハラ・ストーカー女としてしか描かれなかったローズは出番が削られ、
無駄死にさせられたアクバー提督はその息子に遺志を継承させ、
ルークに「ライトセーバーを粗末に扱うんじゃない!」と言わせるあたり、
どれも前監督がシラミ潰した伏線をそのメンツにかけて回収・コケにしているあたり、JJは前作否定を否定しているが、共同脚本だったローレンス・カスダンの仇討ち的な意味も含めて俺は気分が良かった。
次世代のフォースの意味を魅せるのを半ば諦め、言われたとおり「すべて終わらせた」ことでねずみーはJJに任せたことが正かったのか、再考せざるをえまいとも感じた。EP8で最後に希望をもたらした少年も、ジェダイにもシスにもレジスタンスにも属せない世界でエスパーとして生きなければならない続編の将来を絶ったんだから(痛快
本来制作裏の衝突なんて表面化させるもんじゃないが、種を撒いたのはねずみーであり、無能なキャサリン・ケネディなんだからしゃーない。
もうこの時点でJJは困った時に頼ってくる連中にキレているんだと診た。さらにメイン・ストーリーの展開にも拍車がかかる、てかぶっ飛びすぎw

カスダンの仇討ちだけでなく、JJがこれまでスター・ウォーズに関わってきた人々(前監督以外のw)に最大限の敬意を払っているのが嬉しい。
音楽はシリーズ通して原則、映像から起こした新たな充て録で、過去にはEP6でEP4のデススター攻略を使いまわした以外は見当たらないはずだが、今回、レイが第二デス・スターの亡骸内、かつての皇帝の間にたどり着く際に、"Vader's Death"がロンドン・シンフォニック・オーケストラの演奏のまま再登場している。俺には新録音でなくそう聴こえたので、なんで原版使用権料が発生するようなことしたんだろう?と思ったんだが、LSOとRSOへの謝辞みたいなもんだと考えている。もしくは録音後にここに載せる音楽はこの曲が然るべきと思ったのかも。
歴代のジェダイ騎士の声だけでの登場然り(EP7のマズ・カナタの館でのシーンより更に人数増やしてシスを全滅させるほどのパワーが込められていた)、
基本的にCGだからこそ可能な物量作戦で描かれた何千隻規模の大艦隊とかは「ありえん」とも思えるが、レジスタンス側のその先陣を切ったファルコンにEP4-6の生き残り名パイロット、ウェッジ・アンティリーズが載っているだけで妙な説得力が生まれている(彼はEP7時に出ても退屈だからとオファーを断っている)。

ポーに「亡き者のために」と言わしめたように、この総力戦が42年間この世界を支えてきた人達へのJJなりのセレブレーションなんだと確信する。こんだけの作品だからギャラは出るでしょう。全員が幸福を享受できる最後のお祭り感がある。

レイアのEP7に遺されたシーンは未公開シーン・背景を合成し直した使いまわしも含めて、丁寧に、ほとんど違和感なく使われていた。レイとライトセーバーの受け渡しを2回したり、そのあっけない最期(こっちはルークで慣れてたw)の不自然さはあるにしろ、キャリー亡き今は納得しなきゃいけない部分である。そして、息子を救いたいという無念をなんとハン・ソロの亡霊が引き継ぐのにちょっとしたサプライズ感。
今回のエンドロールにハリソン・フォードの名前は一切ない。画面目一杯に登場するカメオ出演と言ったところか。役柄上念願叶って殺されたものの、リアルでかつて愛した女が死して果たせなかった最後の大仕事を引き受けた彼の漢ぶりは感動的、しかも"I know"で〆て彼らしく終わらせる所は、EP7で一度失敗したシチュエーションではあるものの、十分な説得力を持って魅せた最高の見せ場だったと思う。
だからカイロ・レンがベン・ソロに戻り、やっとベンと呼べたレイと心を通じ合わした僅かな時間が自然に受け入れられ、切なくも感じる。

ジェダイの総力がエクスゴールのファイナル・オーダーをシスもろとも壊滅させ、ベスピン等で行われていたファースト・オーダー残党との闘いにも勝ち、今度こそ共和国に平和が訪れるラスト。再会して抱き合うレイ・フィン・ポーにEP6のルーク・レイア・ハンが重なり、大団円を実感させる。

ここで高揚感高らかに終わってもEP6をなぞって良かったかもしれないが、場面はタトゥイーンへ。

俺のラストの解釈はこうだ。

タトゥイーンのシミ・スカイウォーカーが眠る墓へ。アナキンもそこに眠っている(霊体だから漂っているか?w)に違いない。すべての決着を報告しに行くレイ。
ジェダイを継ぐつもりなら、せめてルークのライトセーバーは手元に残し、後世に伝えていくのが筋だろうが、その気がないから2本とも地中に埋める。家族のいる場所に共に。
代わりに手にしていた黄色のライトセーバーにも意味はない。スピンオフではジェダイを守るガードナーが持つ色だとのことだが、自分が継がなきゃ守るジェダイもいない。ジェダイ訓練の途中で作らされたものをただの護身用に使う程度かと。

レイがスカイウォーカーを名乗る、のは今回だけだと思う。前半パッサーナで女の子に名前を訊かれ答えられなかったことへの演出的な解決であって、レイが今後嘘をつき続けるとは思えない。
レイの性格は芯が強く実直で、裏表のない女性だと思っている。平和になったらどんな職に就くだろうか?彼女自身が嫌でなければひょっとしたらガラクタ漁りに戻るかもしれない。そんな子だとも感じる。
俺にはいつもの静かに落ちる夕陽でなく、手前があたりを揺らめかせながら登る朝日に見える。バイナリ・サンライズを眺めながら想う自分の未来はどんなものか?

見事な〆とファンファーレが、ジェダイもシスもいなくなった世界を宣言して終わる。サントラを初めて聴いた時、フィナーレ冒頭がEP7と全く同じアレンジだと気づく。意外にこれが初めて。前回キマった同じタイミングで監督のクレジットを入れたかったJJの最後のわがまま、といったところか(微笑)。


結局、原作者(ストーリーテラー)の手を離れた物語世界を他の人が引き継ごうとすると、どうしても二次創作のような作風にしか感じ取れないというのも事実だともいえる。そこに正しい答えはないし、気に入らなきゃ自分で作ればいい(苦笑)。ひょっとかすると、ねずみーとルーカスフィルムは数年後にこの3部作自体をスピンオフだったとか言い出すかもしれない。でもこの8部作物語こそが俺の観たかったスター・ウォーズであったと断言するし、この4年間良い夢を見させてもらった、とJJに感謝している。もう一度宣言しておく。JJが提示してくれた世界は少なくとも俺には納得できるものだったし、なにより、何度でも観れる「映画」としての完成度が高かったので、未練はない。
そもそも俺には - SFではない、家族の物語 -なので、人物描写にしか焦点を当てていないので他のファンが気にしている設定の甘さとかに大して関心はなくw うまくまとめたとしか感じない。

評論家やファンの間で評判が悪いこと、ルーカスフィルムはもはや名ばかりの、その意志が引き継がれていない別もんであることも特に気にしない。むしろ興行的に失敗しないとねずみーの拝金主義第一の量産が止まらないのなら、良いクスリになるかと。


さて、物語を読み終え、裏表紙を閉じることにしよう(ピリオド=終止符)


ここが静かな時は
ここで暴れてるか
鑑賞中です♪

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